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雨が続きます。なんでも統計上は梅雨より9月の方が雨が多いんだそうです。
仕事はといえば雨のおかげでのんびりとはいかず、
雨のせいでバイクの移動がままならず、ちっともはかどりません。
ブレーキフルード周りも雨の日はやりたくないですしね(水を吸うから)。
さてもうすぐ10月です。本当にあっという間です。
先日書いたとおり10月1日からフロン法が自動車業界にも実施されます。
エアコンのあるクルマを廃車や処分するには2580円のフロン券を
コンビニで買わなければなりません。
コンビニで、というところがこの費用の回収率をあげたいという
狙いが見えてきます。でもほとんどの人はこの法律を知らないのでは?
中古車業界でもエアコン付の車両を仕入れるにはフロン法がかかってくるらしいので
譲渡にも費用がかかるようになるのかなあと。。。
国か県の認可を受けないとクルマを引き取れないらしいので、個人で中古車を売買している人は
今後仕事が出来なくなる可能性があります。ヤフーオークションなど見ていましても
古物商持っていないのに売買で稼いでいる人がかなりおられるようなので
ある意味、締め付けなところもあるのかな?違反者は50万円の罰金または1年以下の懲役刑だそうです。
詳しいことはまだ聞いていませんが、売買ごとに必要になってくるのかも知れません。
まったく環境対策ということでドンドン新しい法ができるので追いつきませんね。
改革という言葉が浸透してずいぶんたちますが、一向に進んでいるのか、効果が
あるのかさっぱりわかりません。今までの歴史から見ても日本ではどちらかというと
いつの間にか変わっているというのが多いようです。
裏かたさんがいて、おもてに見えないところでドンドン進んでいてあるとき
振り返ると変化がわかると。今もその時期なんでしょうかねえ?
2005年には、自動車の登録業務が一元化されることが予定されています。
これは今、税の払込み、印鑑登録や住民票の発行、登録、検査業務、車庫証明などが
全部バラバラの行政機関で行なわれていて、ユーザーがいったり来たりしないと
登録できないからです。で、業者に頼むと普通2万円くらいかかってしまいます。
これらを一元化して陸事のカウンターで1回の申請でできるとのこと。
良いことですね。これは実は小渕総理が新年の挨拶の中で言っていたことですが
3ヵ月後に亡くなられてしまったので棚上げかと思っておりました。
だれかが頑張って裏でやってくれていたのかな?と。
で、いつの間にかあれ便利になったなあと。
便利なことはよいのですが、いつ頃何がどういうシステムになるのかを
もっと宣伝しないといけないし、またそれが本当に必要なものなのか
どうかを私達が知らないと勝手に意味が無いものが先走りしてしまうことも
ありうるわけです。特に天下り機関の多いところは勝手に作っているものが
多いのでよく見ないといけません。報道関係の方は是非、そういう点を
ニュースでやって欲しいですね。結果だけでは遅い場合もあるわけですから。
住民基本台帳システムを数年前から知っていた人はどれくらいいるでしょうか?
では。
さわやかな季節になりました!
今朝も青い空が抜けて、風も少し冷たくなり気持ちよいです。
さて仕事しながらテレビが見れるのは自営業のよいところです。
昼にNHKをつけておりましたら、ニュースのあとに「ひるどき日本列島」という
番組があります。いつも見てる(ついてる)のですが、
今日は山口県は呉の万年筆の工場でした。
古い工場ですが、いかにも日本の伝統的な工場という感じがしてとても
いいです。そこにながはらさんという”万年筆の神様”という方が
おられて、筆先を砥ぐことで調子の悪い万年筆を直したり、
その人その人の書き方、手の角度にあったものを作り上げるのです。
しかもその場で書き手の人の動きを見て、
筆先角度は何度くらいが良い、と判断できるのです。
すごいです。またルーペで筆先を見るだけで、ああこれは調子が悪い、
これは夫婦がケンカしているよ、と判断するのです。
こういう技は私思うに世界中を見ても日本だけではないでしょうか?
最終的には数値化できるのでしょうけれども、数字を管理して
伝統を残すのが海外のやり方とすれば、感覚で残してそして
相手の気持ちを判断できるという技は日本ならではと思います。
いやあ、いい仕事だなあと思いました。
で、思ったんですが、もの作りというのは相手の顔が見えないと
いけない。大量生産で、同じ数値のものは管理しやすいですが
最終的に使うのは人であれば、その人にあったものを作るべきでは
ないかと。
ものというのはいい形というのがあります。いいデザイン、いい動き、
いい大きさ、重さ、色。そういうものはものが持っているものですが
人に感ずるもので無ければならないかと思うわけです。
オートバイにも理想の動きとかそういうのがあると思うのですが、
乗り手を無視したものはやはりダメだなあと。乗り手に応じた設計、
乗り手に応じた調整が必ず必要だと思います。
GMDというサスペンションチューニングがあるのですが、
これはこれで、ものすごいデータと経験からバイクに良い数値に
近づけて、こけない、止まれる、曲がれるいいバイクができます。
でもこれには人という要素がありません。バイク(機械)にとって
最も良い設定が人にとってもっとも良いとは思わないのです。
日本の機械の技術は世界一だと思っていますが、数値化してしまうと
中国にある機械で作っても同じものが作れてしまいます。
生き残るには(という書き方は嫌いですが)、こういった技がもっと増えるべきです。
少量多品種というよりも適量適種生産(私の造語)といいますか。
今日の万年筆の技を見てそう思いました。NHKは本当に良い番組作りますね!
そしてもの作りメーカーはその生産現場をユーザーに見てもらうのも
良い作り方だと思います。ロボットによる自動大量生産はつまらないです。
では。
秋の交通安全週間です。
いま一度、交通安全を見直すという週ですが、一般的には取り締まりの
厳しくなる時期と思われております。事実、取締りノルマもあるとか。。。
なのに日曜の深夜に当方のお客さんの高校生が事故を起こしました。
相手は25歳運転の乗用車。横道からいきなり左折して飛び出てきたそうです。
避けきれず相手のドアに平行に走るように当たって転倒。
高校生は昨日、店で相手の態度に対してギャーギャーわめいておりましたが、
冷静に考えて、大概の事故は両方悪い。高校生の言い分もわかるけど、
優先道路とはいえ、こちらが停止できる、もしくは回避できるスピードであれば
事故は起きませんでした。多少、腹が立つこともあるでしょうが、
事故がおきなければ、後に残る傷も出費もありません。事故はいけません。
さて、話を聞いていて相手の方も事故を起こしたことに対する感覚というのか
責任というのかが欠如しているように聞こえました。
なんでこうなったのかなあ?と考えますと、やはり親の教育か。
テレビのニュースは汚職事件とか事故隠蔽とかそういうのばかり。
謝れば済むと子供は思うのではないでしょうか?
事の大きさを考えれば、昔の日本では一家断絶、責任は本人だけでなく
親、兄弟、子孫に至るまで。。。の征伐の世界。日本は
精神的にそういった相手から見られる恥というようなものを
嫌うとても清く正しい人種だったと思います。
それが自由な国アメリカを真似て、責任まで自由になっていると勘違いして
日本社会に混じってしまったことが問題なのではないかと思っています。
海外に住むと面白いことが見えてきます。
日本人は無宗派の人がほとんどで何をするにも自分で解決、恥はさらさないのが
美徳なところですが、キリスト教(詳しくは知らないのでまとめました)の人などは
日曜はいつも礼拝に行き、週に一度はボランティアに行き、悪いことをしたら
懺悔をする。いつも神様が見ているという世界で生きています。それが
悪いことをしてはいけないという支えと言うか、信念になっているよう。
ただ一部の人は、それすらないアウトローな人がいて、自由な国ですから
ひたすら悪い方向へ走ってしまうのもあります。
中国の人はどうかというと、自分の主張をひたすら言います。
どんなに自分が悪いことでも認めない。悪く言えば聞く耳を持たない。
でそれが通ればおしまい。アジア系にはこの傾向が多くあります。
日本にもそういう傾向が出てきました。事故のときもそう、ニュースでやってる
国会議員や大会社の役人さんもそう。なんとか乗り切ればそれでいいと思っている。
後日談で笑い話にすらなるようなニュースが平気でやってるこの国で
それを見た子供達がまともに育つわけがない。
ああ、悪いことしたら、とりあえずこう答えればいいんだ。
おまわりさんに捕まった。でも神奈川県警なんてもっと悪いことしてる。
なんで自分が捕まらないといけないのか?
嘘言って逃げることができた。やったー!とか。
心から反省することなくその場を乗り切れた(逃げ切れた)ことを回りに
自慢する人間すら増えてきたことに将来への脅威を感じます。
ネット社会がさらにそれを助長して、匿名のそれらの自慢話や
コツなどの披露。クルマやバイクの不正な取得なども堂々と情報として
手に入ってしまいます。
宗教のバックボーンもなく、自由だけが先走りして、責任はおもてむき謝れば
生活も保障されるような日本で、どれだけ正しいことが伝えられるかは
ひとつひとつの事故、事件の向き合い方で決まってくると思います。
ま、抽象的な書き方になったので書いてる方もうまく書けているかわかりませんが、
うちの店の中であった最近の事故と若い人たちの発言に気になる点があったので
書いた次第です。きっかけは旧車会という話題だったので後日また書いてみます。
では。
今日は悪いニュースが夜の作業中に入ってきました。
今年で最後になったラリーレイドモンゴルに参加されていた
米津誠さんが、現地モンゴルで遺体で発見されたとのこと。
非常に残念に思うだけでなく、ラリーを走った経験のある者として、
同じバイク乗りとして、悲しみを覚えます。
最後に消息を絶った日は8月17日で、主催者や現地の警察を
含めた捜索隊は今月17日を目処に行動されていたのですが、
本当に最後の最後で見つかった模様。
米津さんはバイクと一緒に見つかったそうです。
ここだよって呼んだのかも知れません。
ラリーというのは、スポーツでもあるのですが、非常に極限状態に
陥ることもあり、その時の行動というのは、人間の本性が
あらわれるといいます。その場にならないと予想もできないことが
おもてに出てきます。いつもは怒らない人がいきなり怒り出したり、
何もかも嫌になってしまったりする人もいます。
どういう行動が取れるか、今がどういう状態なのか、
最悪の状況にならないためにはどうすればよいか。
そんなことを考えさせられる事故でした。
どこか心の中に甘さがあったのかも知れませんし、
突発的な事故、転倒等で避けられなかったものだったのかも知れません。
運に頼る部分もあるのですが、自分でなんとかできるかという点では
今一度自分を極限状態に置いて、どういう行動ができるかを
よくシミュレーションしておかねばと思った次第です。
今後日本もテロが起きる可能性もあります。
東海大地震が明日にも来るかも知れません。
原子力発電所が明日、臨界状態に陥って溶けてしまう可能性も
あるかもしれません。世の中平和ですが、事故はいつでも
起きることを時には考えておかねばならないのです。
人間、生き延びるには水が必要です。
寒い夜を越えるには体温を保持する必要があります。
尿は飲むこともできます。
火を起こしてのろしを上げることで連絡ができます。
極限状態ではなかなか動けないと聞きます。
とくに寒さは脳の働きを低下させ、行動することを妨げて
そのまま眠りにつくこともあるそうです。
彼はきっと日本に帰りたいと思ったと思います。
生きたいと思ったと思います。
最後に力尽きた彼の分も私達は目一杯生きないといけません。
ご冥福をお祈りします。
昨夜は、お客さんが来ていたのであまり作業できず、早めに仕事を終えたせいで
今朝は6時前に目が覚めてしまいました。でテレビをつけながら部屋の整理などをして
いたら、京都大学の森毅先生がちょっと面白いことを言っていました。
「人生歳をとるのを楽しまないと!」
「悲しいことはあまりうつらないけど、楽しいことはうつる。
人が楽しいと思っていることは真似してみたりしたくなる。」
うんうん。なるほどその通りだ。
で、1番面白いと思ったのは
「人生、数字の二乗のときに何か変化がある」
つまり1の二乗は1歳。2の二乗は4歳。3は9歳。。。16歳、25歳、36歳。。。
これは、自分の人生を振り返っても本当にそうで、ほぉーーーーなるほど!って。
9歳の頃。引越しをして山の中に住むことになり、町の子だったわたしは
いろんな自然遊びを覚えました。
16歳。これはもちろんバイクの免許が取れるとき。ま、悪いこともたくさんしましたが
この頃の影響が今の仕事になっているきっかけですね。
25歳、日本を脱出してオーストラリアに住んで、ああ、日本って外から見たほうが
よく見えるな、と。性格もおだやかになったと思っています。生活に関しても
いろいろ考えるようになったのはこの時期のおかげです。
36歳、あと2年ちょっと。。。どうなるんかな?
森さんて面白いこと言うのでついつい見入ってしまいました。
ということで、これを読まれた皆さんもその歳に何かあったと思います。
それが、大きな転機になっていたりするのでは?
では。
最近ネットオークション等で小銭を稼いでいるのですが(理由はとある損害補償のため)、
メールでのやりとりでいろいろとトラブルが起きます。
とっくにモノを送っているのに、お金の振込みが全然なかったり、
意見の相違でキャンセルになったり。またうちのミスで次点の人に
送ってしまったり、床に置いていてぶつけて傷ものにしてしまったり。
ま、忙しい作業の合間にやっているのでとても大変です。
ま、なんとか目標の金額まであと少しなのでもうちょっと我慢です。
やはり顔を合わせない取引というのは、良いことがほとんどありません。
お金が出入りするだけ。こんな社会に誰がしたんだろうと思う今日この頃。
さて、来月からフロン法が施行されます。
なんじゃそら?ですね。私もいつ国会で通ったのか知りませんでした。
この法律は、10月以降にエアコン付のクルマを廃車する際には
コンビニや郵便局等でフロン回収チケットを確か2500円くらいで買って
それがないと廃車できない法律です。この春からすでに施行されている
家のクーラーなどのフロン回収義務の法律がクルマにも適用されるのです。
ほとんどのクルマにはエアコンが着いていますから、廃車費用として
上乗せされるわけです。なぜかディーラーでチケット売らないみたいなので
よくわからない法律ですが、なんなんでしょうねえ?
炭素税というのも本来は環境に優しいクルマには少なく課税し、
環境に影響の与えるクルマには多く、となるみたいです。
それならば、最近発売された環境に優しい車を買ってすぐにマフラー交換、
アクセル目一杯踏みつけてぶん回して走る人と、古い車をいたわりながら
大事にメンテしてゆっくりと走っている車でどうして後者が
高い税金を払わねばならないのかが分かりません。
要するにややこしい法律を増やすのではなくて、燃料そのものの税金を上げれば
よいのです。かっ飛ばす人は燃料食いますし、運転うまい人はどんなクルマでも
燃費もよく乗れて、結果として環境に優しいわけです。
どうも最近の法律というのは目先のことだけを考えているようで
よくありませんね。もっと先に決めるべき法律もたくさんある中、
簡単に税収が見込めるものを先に持ってきている感じです。
いつ通ったんだこんな法律!!
っていうのが今後もドンドン出てきそうです。だって国会の中継やニュースは
不正やスキャンダルなものばかりで、前向きな検討課題のニュースが全然ないから。。。
テレビが日本の常識を作っている部分もあるのでもうちょっと良い番組が
できると皆良い方向に行くのになあと思う次第です。
|
2002/09/09 月曜日(雨が続きます。。。)
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今日、部品屋さんに行く途中の田んぼの中の道を走っていると稲穂がちょっと元気なし。
いつもはサンサンと輝く太陽のおかげか、今年の稲穂はとても元気良く、
今年は豊作だなあ!って感じですが、ここ数日の大雨でどうもちょうし悪い感じです。
2週間ほど前に観賞用の植木を14鉢預かって世話していたのですが、
そらもう大変です。朝、水やるにしてもどれくらいあげればいいのかさっぱり?
適当にあげたらものすごい暑い日でいつの間にかカラカラになっていたり。。。
で、1鉢死んでしまいました。。。かなりショック。うーむ園芸の道は
難しい。動物よりも植物の方が何も言わないので難しい。
ちょっと園芸関係も勉強しようと思う今日この頃です。
さて昨日は栃木県のツインリンクもてぎに不良中高生を連れて、トライアル観戦。
世界選手権なので世界の一流の技を見れることもあり、楽しんできました。
土曜の深夜に現地インして、中高生と話しましたが、現代っ子は甘えすぎですね。
なんでもモノがあって、なにかをするのに情報があふれていて、
要は選択することが仕事になっているわけです。考え方に生産性がまったくない。
ま、時代は必ず繰り返されるのでしばらくしたらまた技を見直す時期が
来ることでしょう。
技といえば、ライダーのテクニックはすごい。こんなところも登ります。
でも私みていてもっとすごいなと思ったのは簡単そうに見える斜面での走り方。
すごい基本的な走り方なんですが、上位の人と下位の人の走り方はあきらかに違う。
上位の人は、最初に頭に入れた走り方をしてきますが臨機応変に姿勢を変えます。
なので走り出したらあまりラインを気にせず、バイクが動く方にドンドン修正をかけて
走っていきます。下位の人は、事前の下見でしっかりと頭に入れているのですが
それを一端外れるとボロボロになるようです。ですので、走り出すまでのタメが
長すぎて疲れているような感じさえ受けます。これも一般の生活と一緒では?
軌道修正とかを自由自在に出来る人ほど、楽に楽しく動いていますが、
決められた道を一生懸命来ている人は一度踏み外すとなかなか修正できないようです。
動きはしなやかにかつしたたかにという感じでしょうか。これがベストですね。
観客は結構いて、王者ルジャーン(古いっ!)ではなく今年のチャンプ!ランプキンや
日本の代表、藤波選手や黒山選手が走るときは人だかりがたくさん出来て
大変。こんな柱にも登らないといけません。
この登っている人は常連さんの望月さん。で下の黒い服の夫婦の方が注意したら。。。
あ、どっかで見たことある。。。奇遇ですなあ。。。
知り合いだったようです。神戸から来られた長谷山さんとか。。。
日本は狭いですね。
では。
昨夜は、夜遅くになって配達がありました。
車重が250キロをゆうに越える非常に重いバイクで、軽自動車二台分の排気量があるバイクですが
なんとかハイエースに積み、常連さんのお客さんの家へ。日曜は夜でも少し混んでいて
しかも皆さん疲れているのか、飲んでいるのか、フラフラして走っている車が多く、
気をつけながらの配送です。で着いたのが夜遅くだったのですが、お客さん早速試乗してくるって。
なんか、照れくさいですけど嬉しいですね。なんでしょうねえ、修理をずっと待っててくれたというか
もう、来るのが楽しみで楽しみで、という感じです。明日は朝早くから仕事なのに大丈夫かなあと。。。
思いつつも、こういうのは配達してても私嬉しい限りです。
話変わります。最近、なぜか恋愛相談を受けることが多くなりました。
バイク屋という場所柄、若い人が集まるからというのもあるのですが。
で、私、独身ですし、恋愛には失敗している方なので、どれだけ参考になるかと。。。
失敗例から学ぶのは成長への正しい道しるべとして、少しお話。
世の中にはいろんなものやたくさんの人がいて、さあてどれを買おうか、
どの人と付き合おうか、なんて考えているとあっという間に時間が経ちます。
たまたま、そこにあった、いた、ということが人生において非常に重要な場合が
あると思っています。
車を買う時に散々悩みますが、ああ、いい車だな、
欲しいな。経済的に大丈夫かな、なんて思っても買えなかったりしたときは
それは運命かもしれません。でもあるとき、ふと手に入ることがあります。
で、手に入ったからには自分のものだけに大切に大事に愛着もって付き合います。
外観がへこんでいても傷や錆があったって、それは自分のもので
いろんなところへ一緒に出かけていき、思い出もたくさんできます。
決してそれらをきれいなものへと交換してしまっては自分のものでは
なくなる気がするのです。
自分が本来望んでいた用途とは多少違っても無理して行くこともできます。
オンロードバイクで林道走ってみたり。。。
バイクや車を用途に対しての道具として買うのであれば、それは
選択する必要がありますが、相棒としてであれば、たまたまそこにいたそれらが
思い出を作って、そして何か問題があればそれをベースに解決していけばいいわけです。
日本のよくない傾向として、すぐに買い換えるという行動があります。
私は旧車マニアでもないし、懐古趣味もありません。でも、ひとつ大事にしたものは
ずっと大事にしたいと思っています。それらをなくしたあとの後悔は本当に消えないものです。
恋愛もそういうものだと思っています。毎日そこにある普通の生活に慣れてしまうと
飽きてしまったり、むげに扱ったりしてしまい、新しい人が目の前に現れると
ふとそちらに目が行ってしまうことがあります。いま一度、今までの思い出とか
普段の慣れた生活が大切であるということを実感できるきっかけがあるといいと思います。
人生長いようで、案外短いです。一度、付き合ったものはそれが自分にとって満足されるもので
無かったとしても、それはそれで良いのだと思います。
相棒ってのはそういうものかなとそう思いますし、恋愛は相手の気持ちもあるので
そう簡単ではないですが、長く付き合うのであれば多少の問題も含めて
それが人生と思ってそれを逆に力として付き合うのが最善かなと。
こんな感じで、悩んでいる人は一度考えなおして見てはいかがでしょうか?
私は、過去にちょっと相手に悪いことをしてしまったので、反省含めて一生独身でもいいかなと
そんな感じで仕事にはげんでおる次第です。
最近は新車がいくら出ても欲しいと思わないですしね。最初に乗っていたRD50SPは
もう一度会いたいなと思うことはあります。できれば私が乗っていたそのもの。
同じ車種ではなくて、そのものがあればどんなに朽ちていてももう一度会って
死ぬまで一緒にいたいなと。付き合うっていうのはそういうことかな?
暑いですね。朝早くは当店太陽の日差しをもろに浴びて店内の温度は朝8時で
30度くらいになります。そのままキープして昼になり35度くらいで
夕方も風通しが悪いのでそのまま。。。深夜に29度くらいなのでかなり
恒温状態です。サボテンとか育ちますかねえ?
さて気になるニュースがたくさんあります。
まず長野県知事。田中康夫さんが再当選。つまり議会と市民の意見は違うということですね。
市民が選んだ県議員は、実は市民の代議ではないということです。
羽柴秀吉さんという人も立候補していたのですが、この方は青森のお金持ちさんです。
こういった知事選にはいつも立候補していて(都知事選も出てた)、今回の票の
少なさは逆に長野県民の知事選への真剣さもわかると思います。
つまり田中知事は本当に期待されているわけです。
個人的にはあまり好きな政治手腕のタイプではないですが、頑張ってもらいたいところです。
次に、日本ハムとかそういう事件よりももっと恐いもの。
東京電力の原発データ補修改ざん事件。これは、地元住民にとっては相当きつい事件です。
食品業界の事件は、一応危険とされているものや、危ないと思われるものに対する会社の
モラルの部分の事件ですが、原発に関しては一回のミスが相当な範囲に影響する大きな
事故に発展します。チェルノブイリを見てどうなるかはわかると思うのですけれども。
まず、町がなくなります。日本ですと数十万人がそこに住めなくなります。
つまり今までそこにあった生活がなくなります。アメリカのテロと同じです。
次に、その周辺にいた住民や動植物が数十年にわたって影響を受けます。
頭が二つある牛とか、生まれていましたよね。
狂牛病なんかよりよっぽど危険なものを日本やフランスは持っているわけです。
日本が原子力を必要としているのは分かります。
これだけ電力需要がある国は世界でもアメリカ以外にはないでしょう。
すべては自分たちの生活の欲望、無駄から需要が起きているわけです。
先日、研修でクーラーのある部屋に一日いましたが、寒い。24度設定。とても寒く、
眠気も吹っ飛ぶ寒さでした。でも受けている人たちは平気な顔をしています。
なんとなくですが体温の調整機能が衰えてきているのではないでしょうか?
節約という意味も含めてもう少し設定温度を上げて欲しいです。
クーラーがないことが良いと言うわけではないです。
うちもクーラーあればもっと労働効率が上がると思いますが、
暑い、寒いの感覚も身につけておかないと、何かあったときに対応できません。
それが日常化しているとさらに問題は大きくなります。
食品も原子力も日頃から何がどうなっているのかをよく考えて生活しないと
いけない国になってしまいました。
いま一度日本という国を見直すと。。。
簡素で清潔、ワビサビがあり、人を思いやり、自然季節を楽しむというのが
どうもなくなってきているようです。
ちょっと振り返るとそこにあるのにな、と思う次第。
では。